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<本文から>
(いや、手のうちを見られては、甲賀の名折れになる。一人でいこう)
昼の様子では、害悪はなさそうにもおもわれる。が、いったんそうは思ったが、
(甲賀者なら、信義をまもる。伊賀者は信じられぬ。やはり、人数を伏せておこう)
何度も考えをあらためたのち、
「おい」
と、手をたたいた。
二、三人の配下が、顔を出した。
「今夜、深泥池に舟を出し、わし一人で伊賀の才裁とあう。おのれらは、気づかれぬよう、葦のあいだで息を殺しておれ。異変があれはすぐ才蔵を仕止めよ。半弓が要る」
刻限を見はからって、たそがれの町へ出た。
(伊賀には、えてして、ああいう心映えの男が多い)
才蔵のことである。道を北にとりながら、
(唯我独尊なのだ)
佐助の考えは、ほほ正しい。
甲賀衆と伊賀衆のちがいは、甲賀衆は集団として組織的にうごき、伊賀衆は個人が中心で働くという点にある。
気質にも、両者にちがいがいちじるしい。
甲賀忍者は、武将に仕えて実直であり、忠義の心がふかい。しかし伊賀者は、武将に備われても仕えはせず、技術を売る関係だけにとどめ、ときによっては、きのうは武田に備われ、きょうは上杉にやとわれるということも、平気でする。
あくまでも、伊賀者にあっては自分が中心なのだ。
(しかし甲賀はそうではない)
仕えた主人に殉ずるところがある。佐助が才蔵を信用できないのは、そういう無邪気さがまるでない点だった。
陽がくれた。
佐助は、池のほとりの百姓舟のつなを解いて、池の中央へ漕いだ。
「佐助か」
間の中に声がした。
「才蔵じゃな」
「わが舟にうつるがよい」
身をうつすと、大男の才蔵は小男の佐助のために席をゆずりながら、
「佐助、今夜にかぎっては、わが申すことを信じてもらわねばならぬ」
「それは難題じゃな。伊賀者の申すことを信じておれば、いつのまにか、首が台から離れるわい」
「ちがいない」
才蔵は、おかしそうに吹きだした。 |
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