|
<本文から>
「よほどめずらしいしろものらしゅうござりまするな、この顔が」
「ふむ」
嘉兵衛は言葉をにごし、猿がどう出るかを測りつつ、
「まあ、臨済寺の寺小姓にはなれまいな」
用心ぶかくいった。「そのかわり、ひと目みれば誰も忘れぬ」と、おだててもやった。
が、猿はそんなことはききたくない。
「お伺いしとうござります。この顔は、醜うござりまするか、それとも怖ろしゅうござりまするか、あるいはとぼけて他人の笑いを誘いそうでござりまするか」
「休もう」
嘉兵衛は、蒲公英の群がりのなかに腰をおろした。すでに猿の関心のありかがわかった以上、親切に相手になってやろうと思った。
「そちは利口だな」
まずほめた。猿が、自分の顔の印象を三種類にわけた的確さに募兵衛は感心したのである。「わるいが三つともそろっている」
と、嘉兵衛は小声でいった。
「お答え、ありがとうございます。しかし醜いということでございますが、薄気味が悪うございますか」
「時にはな」
「例えばどのような時」
「そちが、朋輩と争ったあと、なにやら心鬱するがごとく物思いにふけっているときだ。そのときの顔のむごさは、あたりを冷えびえさせるほどに暗く、目の光が蛇に似、なにやら別人のように奸悪な表情になる。人はそちを薄気味のわるい倭人としか見まい」
「たとえば、こうでござりまするか」
嘉兵衛がおどろいたことに、猿は腕を組み小首を垂れ、両眼だけを薄く見あげた。武家奉公させておくのは惜しいほどの演技力である。
「もう、やめろ」
嘉兵衝は、血がさがるほどにおびえた。いかさま、ゆだんがならぬと思った。この猿には、もともと腹の黒い、血の冷えた、倭人の素質があるのではないか。
「ありがとうございました」
猿は顔を崩し、急に陽が照ったように笑った。そこに、別人が誕生したように明るい目である。
(こわい男だ)
嘉兵衝は、腰をちょっと退きたくなるような思いでおもった。が、猿はニコニコしている。
「こんどは、怒ればどのような顔に相成りましょう。ちょっとやらせて頂きます」
猿は会釈をし、やがて顔をあげ、あごをちょっとひいた。
もうそれだけで、忿怒の形相が、そこに居た。寡兵衝はふたたび驚かねばならなかった。猿の顔たるや、小振りながらも鬼神のようなすさまじさなのである。 |
|