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<本文から>
そうが、それだけではいかん」
「知恵のうえに勇がいる」
「そう。しかし、それだけでもいくさというものは勝てないな」
「どういうことだ」
「鈍い、ということが要るのさ。知と勇だけでは条件にならぬ。鈍さがなければ」
「おぬしのようにか」
「ああ、おれのようにだ。惨憺たる状況のなかで鋭敏すぎる者はいちはやく敗北感をもつものだ。敗北感をもった瞬間から事実上の敗北がはじまる。自分が浮き足だつ」
「いまの場合、敗北は事実だ」
「事実だろう。しかしそれを″敗北″と感ずるのは自分の心だ。おなじ事実でも勝利と感ずることができる」
「これを」と、左内は驚いた。
「勝利と思えるのか、おぬしは」
「思えるとも」 |
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