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<本文から> 「武士とうまれた以上は、碧武者にはなりたくはない。一国一城の丑ビ仰がれる身分になってみたいものだ」
「一豊様は、なれます」
と、千代は巫女のように断定した。
(えっ)
「なれるかね、私が」
おどろいたのは、自分でそんな大それたことを思ったこともない若者だったからである。
「お顔を見、お心をみて、きっと一国一城のあるじにおなり遊ばすお方だと思いました」
「千代が?」
つい数日前まで娘っ子だったくせに何をいう、と伊右衛門にはそんな肚がある。
「千代だけではございませぬ。伯父の不破市之丞もそう申しておりましたし、母の法秀尼もそのようなことを申してわたくしに聞かせました」
と、千代はうまい。要するに、伊右衛門に自信をもたせることである。自惚れという肥料だけが、才器ある男をのばす道だ。それが武将であれ、禅僧であれ、絵師であれ。
かしこい千代は、その機微を知っている。
「私がなれるかね」
「なれますとも。およばずながら、山内伊右衛門一豊様が、一国一城のあるじになられますまで、千代が懸命にお助けいたします。その誓いを、この夜、たてたかったのでございます」
月の光が、枕頭にさしこんできた。
伊右衛門は千代のあごに指をあて、そっと面をあげさせてみた。可愛い唇である。
この唇が、たったいまほどの大事をぬけぬけといったとは、到底おもわれない。 |
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