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<本文から>
近藤は医学所の門を入った。
良順はちょうど玄関をおりたばかりで、入ってきた黒紋付、仙台平のマチ高袴、黒柄の蝋色鞘といった人物を見て、最初はたれであるか、いぶかしんだ。
「やあ」
と、笑ったのは、近藤のほうである。
良順は近づいて行ったが、笑わない。このたびの敗軍について何をいうべきか、言葉が見つからなかった。
「御覧のとおりだ」
なにがご覧のとおりなのか、ともかくも近藤は敗戦について言いたがらず、ちょつと怪我をした、と右肩をおさえた。
「上へあがり給え」
良順は奥へあがり、いそぎ座敷を清めさせ、ふとんをのぺさせた。
「ここで診よう」
といって、近藤に衣類をぬがせ、患部をみた。
前から撃たれたらしい。弾は右の鎖骨の上から入って、肩骨をくだいてつきぬけている。手当がよかったのか化膿はあまりしていないが、砕けた骨は除去されていない。
(よくこれで落馬しなかったものだ)
良順は肝のなかでおもった。
医学所から外科の助手数人をよぴ、手術の用意をした。幸い、良順はボンぺから戦場の外科をまなんでいた。あるいはこの状態の患者の手当ができるのは日本中で良順と、その長崎時代の仲間だけだったかもしれない。
良順は傷口を洗い、たんねんに骨をのぞき、そのあと、ボンベからもらったスポイトを洗毒の器具としてつかった。
包帯を巻き了えてから、
「毎日、傷の手当をせねばならない。しばらくここに泊まってもらえないか」
というと、近藤は驚いた顔をした。患者が医者の家に泊まるなどきいたことがないからである。
「西洋ではふつうにあることだ」
と良順がいうと、西洋というのは奇妙なところだ、とつぶやいて、良順の言葉に従った。さらについでに、
「ご存じの沖田総司がずいぷん悪い。診てやってもらえまいか」
というと、良順はすぐよぴにゆくように、といった。 |
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