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<本文から> 歴代、王朝というものはその末期において苛酷でなかったためしはない。大官たちがわが身を守るための組織を朋党といい、庶民が王朝の害から自分とその縁者をまもるための秘密組織をパンという。一個の人間は幾種類ものパンを持ち、それを裏切ることはまずない。儒の五つの徳目の一つである信によってこの見えざる網はつよくむすばれているのである。
ドルゴソが、蘇州に縁のある漢人をその地に遣ることをしないのは、蘇州に着けばその人物は多分主命よりもパンのほうを重んずるだろうとアビアは見ている。
「庄助殿なら、たとえ蘇州へやってもそういう心配はない」
アビアがいった。
「それに、毎年、澡塘子へ行きつづけている庄助殿の愚直さを睿親王ドルゴンは珍としたのでしょう」
「睿親王は、漢人を蘇州に送っていないのだろうか」
「それは送っているでしょう」
その上、さらに庄助殿をも送ろうとしているだけです、とアビアはいった。
「わしは、それほど愚直ではないさ」
庄助は、なにやら不愉快だった。 |
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