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<本文から>
「満韃子には、さまざまなよび方があるのか」
「東胡とも東虜ともいう。この着たちはマンジュという菩薩(文殊菩薩)を信仰している。だから自分の種族をマンジュとよび、明人がその音に満洲という文字をあてたりもする」
「満洲とは、人のことか土地のことか」
庄助は、たたみかけた。
「当初は、人のことだった。土地をさすとは思えない。しかしすべて湖沼に湧く霧のようにあの連中のことは定かでない。かれら自身も自分たちがなにものであるかがわかっていなかったのだ。ちかごろになって一傑があらわれ、同種族を糾合し、明をその東方からおびやかす勢いになって、はじめて物がわかりはじめてきたのだ」
「くりかえすようだが、元の名残りではないか」
「蒙古ではありえぬ。蒙古は草原にあって五畜を追い、決して土を掘りかえして穀物の種をまくことはないが、満韃子は粗ながらも農をいとなみ、蒙古の好まぬ豚を飼い、小さな家をつくって定住している。ただ騎馬もわすれないために、戦いにあっては狂風をおこし、進退は好橘、人を殺すこと、草を薙ぐようである」
「−かの御科人は」
庄助は、ついきいてしまった。
「マンダーツ (満韃子)の王族の娘か」
「知りたければ、御科人自身にきくことだ。大王の公主かもしれず、あるいはただの韃子小娘が馬から落ち、さらに海に落ちてここまで流れてきたのかもしれぬ」
財神は、庄助に好意をこめてからかっている。
「彼女は、明船に乗っていたというが」
庄助は、われながら、語気に悲しみがまじってくるのを感じた。
「知らぬ。たとえ知っていたところで、そこまで教えねばならぬほどの義をわしは感じない。あなたとの義縁は、まだその程度でしかない」 |
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